仮処分手続
本記事では、労働紛争についての仮処分手続について解説をしていきたいと思います。
使用者側が従業員を解雇した場合を例にとって、解説します。
解雇がなされた場合
使用者が、従業員を解雇した場合に、従業員が解雇の無効を主張するケースがあります。
従業員の側からすると、解雇の無効を主張して、職場復帰を求める場合と職場復帰を求めないが解雇によって被った損害を賠償してもらいたいというケースがあります。
職場復帰を求めたい場合には、多くの場合には、使用者側に内容証明郵便等の書面が送付され、職場に復帰させることと、賃金の支払いを求めることになります。
そこで、従業員側と使用者側との間で話し合いがもたれますが、話し合いが決裂した場合には、従業員側としては法的手段を模索します。
その法的手段の一つとして、仮処分手続きがあります。
仮処分手続きとは
仮処分とは、簡単に言えば、本案裁判での判決(通常の裁判。場合によっては1年~2年程度を要することもある。)を待っていては救済されない緊急な場合に、裁判所が当事者の権利関係を暫定的に決定して、早急に救済をする制度です。
例えば、先ほどの解雇のケースで言えば、従業員が職場復帰を求めても使用者がこれに応じないため、賃金の支払いが無い状態がつづくことになります。
本案裁判は、時間がかかるため、本案裁判での解決を待っていては、経済的に破綻してしまうといった場合が想定できます。
そこで、従業員側が、仮の地位確認(地位保全)及び賃金仮払いの仮処分を申し立てることが検討されます。
裁判所に仮に労働者の地位を認めてもらい、仮に賃金を支払ってもらうことを申し立てます。
仮処分手続きを利用した場合には、仮処分で、仮の地位や賃金仮払いを認めてもらい、キャリアの継続や仮の賃金支払いを受けつつ、本案裁判を起こして、使用者側と裁判で争うというのが従業員側にとっての一番理想的なケースでしょう。
仮処分の申し立てが認められるための要件
①被保全権利の存在
保全の対象となる権利が存在すること。先ほどのケースでいえば、解雇が無効であり、労働者たる地位があること、賃金の支払いを求める権利があること。
②保全の必要性
先ほどのケースでいえば、キャリアの断絶があると困る事情があることや賃金支払いを受けないと経済的に破綻してしまうことなどです。
この要件を満たすときに、仮処分が認められます。
仮処分手続の進行
従業員側が仮の地位確認(地位保全)、賃金仮払いの仮処分を申し立てた場合には、裁判所から使用者側にも書類が届きます。
そして、使用者側は、従業員側の主張に対して反論を行う必要があります。
第1回期日までに使用者側は、答弁書を提出して、反論を行います。
仮処分の手続を行う場所については、多くは会議室のような部屋で行われます。
第2回期日からは、多くの場合、およそ2週間から3週間程度の期間をあけて開催されます。
本案裁判に比して間隔が短いため、使用者側、従業員側双方の主張反論の準備はスピード感を持って実施する必要があります。
審理が進行する中で、仮処分手続の中で和解の話し合いを持つこともあります。
当事者双方が合意できれば、仮処分の手続き上で和解となり、事件は解決となります。
仮処分の決定
和解が成立しない場合には、裁判所によって決定がなされます。審理のスピードは事案によってまちまちであると思いますが、概ね3か月から6か月程度で決定が出されることが多いと思われます。
決定の内容は、①従業員側の申立てを却下する場合、②仮の地位確認(地位保全)を認めず、賃金仮払のみ認める場合、③仮の地位確認を認め、賃金仮払いを認める場合といったパターンがあり得ます。
裁判所の一般的な傾向としては、仮の地位確認(地位保全)の認容については特別な事情が無ければ消極的に考える傾向にあると思われます。
従業員側で不服があれば、即時抗告により不服申し立てをすることができます。
使用者側で不服があれば、保全異議、そして、保全抗告等の不服申し立てをすることができます。(ほかに保全取消といった不服申し立てもあります。)
不服申し立ては、期間制限が厳しいため、期間に気を付ける必要があります。
仮処分決定後
仮処分において、仮の地位確認(地位保全)が認められた場合でも強制執行をすることはできません。
もっとも、賃金仮払いが認められた場合には、保全執行という強制執行をすることが可能です。
もし、使用者側が任意に賃金の仮払いをしなかった場合には、使用者側は、保全執行で強制執行を受けるリスクがあります。
そのため、もし、使用者側が保全命令に不服があり、保全異議を申し立てた場合には、強制執行を免れるために、保全執行について執行停止の申立てを併せて行う必要があります。
民事保全法
第27条 保全異議の申立てがあった場合において、保全命令の取消しの原因となることが明らかな事情及び保全執行により償うことができない損害を生ずるおそれがあることにつき疎明があったときに限り、裁判所は、申立てにより、保全異議の申立てについての決定において第三項の規定による裁判をするまでの間、担保を立てさせて、又は担保を立てることを条件として保全執行の停止又は既にした執行処分の取消しを命ずることができる。
2 抗告裁判所が保全命令を発した場合において、事件の記録が原裁判所に存するときは、その裁判所も、前項の規定による裁判をすることができる。
3 裁判所は、保全異議の申立てについての決定において、既にした第一項の規定による裁判を取り消し、変更し、又は認可しなければならない。
4 第一項及び前項の規定による裁判に対しては、不服を申し立てることができない。
5 第十五条の規定は、第一項の規定による裁判について準用する。
まとめ
以上みてきましたとおり、仮処分は、スピード感をもって、審理が進んでいきます。多くの場合には、3か月から6か月程度で結論がでることになります。
仮処分の申し立ては、本案訴訟で判決を得るまでに経済的に困窮することが予想される従業員側にとっては、使い勝手が良い裁判制度だと思います。
使用者側としては、特に賃金仮払いについては執行力がありますので、仮処分の手続に対しては、慎重に対応をしていく必要があります。
この記事の執筆者
弁護士松村譲(埼玉弁護士会所属)
2009年弁護士登録。埼玉県内法律事務所にてアソシエイト弁護士を経験後2010年はるか法律事務所に入所。労務を含む企業法務全般や一般民事事件の解決に従事。特に労働事件の取り扱い経験が多い。埼玉弁護士会では労働問題対策委員会委員長を務めた。また、2015年から2020年まで駒澤大学法学部非常勤講師を務めた。2019年東証一部上場企業の企業内弁護士となり、企業法務に従事した後、2023年はるか法律事務所に復帰し、現在、企業が抱える法律問題(労働法務その他)等の解決に日々尽力している。
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